2009年5月14日木曜日

№10 俺はなにをすればいいのだ

2008/12/23  韓国仁川 

仕事について考えてみる。

俺が生涯をかけてやっている仕事は自分をつくることだ

家をつくることでも素晴らしい成功教材をつくる事でもない。
自分という人間をどこまで高めることができるか。
最高の自分を作るために、知識を学び実践している。

―自分をつくる
こういう考えは福田先生に教わった。
福田先生とは、HIT訓練というトレーニング方法を教えている。

福田先生に出会うまでは、会社では家を作っている。
または、お客の幸せを作っていると考えていた。

しかし、結局は自分自信が学び日々成長しなければ
いい家を作ることはできない。
お客の満足する仕事もできないと思った。

自分をつくる。もっといえば、平秀信を作る。
この教えは本当に素晴らしい教えだと思う。
全ての基礎となる考え方だ。

しかし、実際にどうかといえば、
自分を高めるための努力をどこまでしているか分からない。

どっちかというと今の自分に満足している。
何かをやらせればそこそこできるし、
新しいアイデアを出せばそれなりに当たる。

結局現状に満足している自分がいけないということだ。
現状に満足すれば成長はない。

成長しなくなったら死んだも同じ。

俺の中での最も重要なマインドセットをどこかに忘れていた。―怠けていた。

自分をつくる。
この考え方は社員も知っている。
しかし、とても出来ているとは思えない。
世の中には良い教え教訓などは腐るほどある。

皆が知っている。しかし知っているというレベルなのだ。
本当に真の意味で、自分をつくる。
自分を成長させる意味を理解していないのだ。

そうでなければ、だれもが素晴らしい人間で、誰もが成功しているはずだ。

成功して、東京に出てきて遊びが加速した。
お付き合いという名目で誘いを断らない
断らないので俺がいつも呼ばれる。行き先はキャバクラだ。

それは楽しい。女はきれいだし、喜ばしてくれる。
しかし、行くこと自体に意味はない。ただ、楽しいだけだ。

楽しい事を自分だけがやっていた。

その間、社員やパートナーは一生懸命働いている。
仕事が順調に回っているから良いのではないか、
という甘えがどこかにあった。

それと、やめられなかった・・

支払いの時は俺が積極的に出した。
ほとんどクレジットカードなので後払いだ。気にならなかった。

俺はなぜカッコつけてしまうのだろうか

お金を出して喜んでいるのは自分だけだ。
出してもらった人はラッキー!程度にしか考えていない。

もしくは、平さんは金持ちなんだから遠慮する必要はない。

そう思っている人が大半だと思う。
どうしてもかっこつけてしまう。後で、むなしくなる。
このおごり癖をやめなければ。

俺の知っている人で、おごり癖のある人間で最後まで成功したはいない。
坂本龍馬も支払いは人に出させなかったというが、やはり、早死にした。

なぜか、ダメになる。

その時おごってあげた誰かが助けてくれた話は聞いたことがない。
自分はそれが分かっていても、人の目を気にしてかっこつけてしまうのか。

よく思われたい。

いい人に見られたい。

尊敬されたい。

そういう気持ちは誰もが持ち合わせていると思う。
人によく見られたい。その気持ちはどうして沸いてくるか。

これを無くしただけでもお金は残るし成長できる。
褒められるとうれしい。誰でもそうだ。俺だけではない。

自分が成功して、成功した方法を人に教える。
同じように成功してもらいたい。そう思っていた。

人は成功すると離れていく
心から離れているわけではないと思うが。俺の場合ではどうだろうか。

俺は成功という言葉にとらわれすぎていたのかも知れない。
何が俺に取っての成功なのだろうか。
普通で考えればすでに十分な成功をしているはずなのにまだ欲が出てしまう。

成功したときの将来の自分を思い浮かべて具体的に表現しよう、
というエクササイズをハワイでやった。
他のセミナーでもよくある。

答えは・・・誰もが同じようなことをいう。ほぼ100%

美人秘書をやとい社長室でやる。
ヨットを浮かべ、モデルと戯れる。
シャンパンを飲みながら・・・などだ。

誰もが、一様に同じような夢・・・妄想を描く。

自分もその一人だった。

これは、夢ではなく、妄想なのだ。

実際に成功してもそんなことをしている人の話は聞かない。
普段通り地味な生活をして、少しばかり自分ご褒美をやる。

そもそも、だれも思い描いていた成功を得ていない。

俺は成功して欲しいものを全て手に入れた。
家、車、現金、マンション、投資用マンション、マカオファンド、
IPO(株)、時計、服、靴、旅行、飲み食い、
顧問弁護士・・・ほぼ世間一般でほしがるものは全て買った。

その結果にあぐらをかいていた。慢心していたのだ。

自分ではそう思っていなかったが、間違いなく慢心していた。
謙虚な気持ちを失っていた。うすうす気がついていたが、認めたくなかった
頭では理解していたのだ。

もう、ものをほしがるのはやめよう。かっこつけても仕方がない。
誰も見ていない。バカにされるだけだ。
本当にかっこいい人は、金でも、服装でもない。

心からかっこいい。生き方がかっこ良いのだ。

そうなろう。
Gパンでも安い服を着ていても尊敬される。
生き方を尊敬される存在になる。

俺を見て、皆が同じように自分が誇れる生き方をしてくれたら、
それだけでも生きてきた甲斐がある。

2008/12/24 韓国仁川 2

大連に行くフェリーの切符が取れないで、2日間を仁川で過ごした。
少しゆっくりできた。

と言うか、ゆっくりできなかった方が良かった。
どうせ旅をしているのだから、どんどん進んでいきたい。
しかし、思うようにならない。ジレンマの毎日だ。

普段はほとんどのことが思うようになる。
何かやろうと思っても、社員に頼めばやってくれる。

自分で苦労することがない。

しいて苦労することといえば会社をどうするか、
次の集客は?
今行っているプロジエクトをどうやって成功させるか?
そのような事くらいだ。

ふと思った。
バックパックの旅をしているが、今回の旅の目的は自分をみつめる。
抱えている問題の解決の糸口を探す。新しい自分を発見する。
など、いろいろ考えてみたのだが、実際行ってみるとどうも違う。

Mrxはなぜ旅に出れば全てが解決するといったのだろうか。

孤独の旅が平さんに色々な事を教えてくれるでしょう。
信心共にリラックスし、充電し、自分の原点を探してくださいという事だった。

確かに自分の原点はどこにあるのかそれを探したい。
しかし、探したからといってそれでどうなるのか。

今、一番の不安は自分が変わってしまったらどうしよう・・ということなのだ。

つまり、東京の会社をやめ、田舎に帰り、
妻と家族そして社員と昔に戻り商売をする。
女もやめる。そういう生活を自分で決めてしまうのが怖い。

質素で謙虚な生き方。普通の生活を普通の人のように喜ぶ感覚。
人間としての原点をみつけ、その生き方を選ぶ自分が怖い。

たとえ、その人生を選んでも何もおきないだろう。
少しだけ抵抗はあるかも知れないがすぐに収まる。
すぐに忘れ去られる。世間はそんなものだ。

俺自身はそれで納得するのだろうか。―永遠に。

自分はどうして起業したのだろう。
どうして頑張ったのだろうか。
非難されようと、強欲と言われようと、なぜ、売り続けたのか。
何を求めていたのか。どうも分からない。

俺が求めているものはなんだったのか

お金、自由、女、快楽、尊敬、羨望、ほめられる、認められる権力、
年収日本一、名声。
ビジネスマンとしては、目標を掲げそれを達成しなければならない。
そして、利益を出し税金を払う。これが役割だと思う。

しかし、Mrxにはこういう考えはない。
しかし、ボランティア、寄付その他は十分にしている。

俺たちの行っている社会貢献は、本当の意味で貢献しているか分からない。
ムダなお金かも知れない。
稼げば稼ぐほど怒られ、疑られ、税務署に目を付けられ、税金を取られる。
罰せられているかのようだ。
取られるのは良いのだが、褒められないのが納得いかない。

貧乏なときには、金持ちから税金を取ればいいと思っていた。

どうして、俺たち貧乏人からから取るの?
そう思っていた。

しかし、自分が金持ちになったとたんその考えは変わる。
なぜ、働かない人達を税金で食べさせるのか。
ニートを働かせろ。
企業は努力してもうけて税金を払えと思う。

どうして、成功するとねたまれ、さげすまれ、金まで取られるのか。

少しばかり、女と遊んで何が悪いのかという気持ちになる。

しかし、それは自分の勝手な考えで、
お金のない人、稼げない会社にも言い分はある。

話は変わるが昨日の夜、ウディ・ガスリーの映画を見た。

映画の最初に出てくる言葉が、Don’t let nothing get you plimb down・・・。
意味は、「何があろうとへこたれるな」だ。今の自分にぴったりだ。

ガスリーは、アメリカの吟遊詩人と言われたフォークソングの父だ。
抵抗ソング、メッセージソングなどを旅をしながら歌った。

放浪が好きで、お金も持たないで出かけていく。
最初の旅はカルフォルニアまでのすごい道程だった。

彼はへこたれない。

思いつく言葉を歌にしていった。
いつしか認められ、ニューヨークへ渡った。
そこで、ボブディランなどに崇拝されていく。

最後は、13年間も闘病生活をして死んでいった。

最初の妻は、カルフォルニアでガスリーの放浪癖に我慢できずに出て行った。
ガスリーは、家庭を選ばずに自分の歌を取った。

へこたれない。この気持ちを忘れないで旅を続けたい。

ガスリーは、自分のやるべき事が分かっていた。
はじめはそうでなかった。はじめは看板書きだ。歌は趣味で歌っていた。

カルフォルニアに行き、綿畑で安月給で働く人達をみてその現状を歌にした。
淡々と現状を歌詞にしていった。
フォークというジャンルはへんに盛り上がりもしないで詩をきかせる。
メッセージ性のある歌だ。

ガスリーと一緒にやっていた友人はマネージーアーが付きメジャーになった。
しかし、ガスリーはうまい話をすべて断った。

お金ではなく自分の主義を貫いた

そして歴史に刻まれる歌手となった。
彼は幸せだったのか?
晩年は13年も闘病生活をしている。その時、誰が見てくれたのか。

自分も死ぬときは誰と一緒にいたいのか考えた。
一人では死にたくない。
誰かにそばにいて、幸せな人生だったとほほえんで死にたい。

しかし、それができるか。今の俺に。
好き勝手にやっている俺にそれができるのか。

あまい。できない。
仮に、今後まじめに生き妻と暮らし普通の生活をしていくとする。
自分たちはいい。それで満足するだろう。

しかし、何かを残すことができるのか。
今50才だ。働いても、後10年。そこまでは働かない。

55才だ。後5年。
後5年でやるべき事をやり、後を次ぐものをつくり、・・・その後何をする。
俺はなにをするべきか?

俺はなにをすればいいのだ。





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