廣田さんの記事の転用です。
最高のボランティアとはなんでしょうか?
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ボランティアの話の続きになるんだけど、過去、私が、ミスターXから教わった、あるお話をお伝えしますね。ちょっと長いけど、我慢してね。なぜなら、私は、ミスターXから教わった話の中で、この話こそが一番すばらしく、また、好きで、一番効果があったと思っています。
この話を聞いたのは、ラスベガスからアリゾナ州のフェニックスに向かう車の中だったかな。周りは砂漠で、トイレに行って車に戻ると、拭かなくても既に洗った手が乾いてる、そんな気候だったのを覚えてます。
ミスターXは「アメリカのマーケッターは馬鹿ばかりだ、お金を儲けてもすぐに全部使ってしまう。だからあいつらは・・・」と、そんな話の後に、彼はこの話を切り出しました。
「ところで廣田さん、寄付してますか?」
いえ、別に、と私は答えました。
その頃の私は取り立てて何かボランティアごとをしていた訳ではありませんでした。した方がいいだろうな、位のものだったのです。
「廣田さん、今から、最強のノウハウをお教えします。これは、今私がいろいろ教えているノウハウとは比べ物になりません。そのかわり、聞いたら、絶対にやってほしいのです」
私は、いったい何が始まるのだろう?と思いながら、わかりました、必ずやります、と答えました。
「まず、これから、収入の10%を寄付してください。そしてその寄付は、匿名で行ってください」
はい。匿名ですね?
「決して、お礼を言われてはいけません。感謝をされてもいけません。そして、他人に話して、ほめられてもいけません。そうすると・・・」
そうすると?
「驚くべきことが起こります」
驚くべきこと?
「あとは、やってみて、感じてみてください」
わかりました、お約束通り、やってみます。
私はそう答えました。
・・・
あれから、何年たったのかな。私がそれをやっているのかやっていないのか?それはミスターXの教え通り、他人様には言えません。
ただ、効果のほどは・・・
私が今までミスターXから教わった中で、確かに最高の教えだったと思っています。
・・・
私は、ボランティアを二つに分けて考えています。
ひとつは、このFBでみなさんに言うように、また、ウチの若い子たちにも、お祭り気分で「オーイ、こんなボランティアしようぜ!」というように、外の人にシェアするもの。
これも決して悪くないと思います。偽善で上等、かつ自己満足。人に話してほめられたい、またはそれに影響されて一人でも同じことをする人が増えるのもいい。そう思っています。
学校つくったり、孤児院つくったりはこちらですね。これは、お祭り。
・・・
もうひとつは、、、
ミスターXの教えてくれたボランティア。
誰にもわからないもの。見返りの、返りようのないもの。
そしてこれこそが、ミスターXの言うように、私の人生に驚くべき結果をもたらした、そう思っています。
・・・
なぜこれが驚くべき結果をもたらすのか?
科学的に分析するのならば・・・
誰にもほめられない、誰からも感謝されない寄付。しかも収入の10%は結構な額です。私たちは収入を税金で半分とられる訳ですから、現金で言えば20%になりますよね。それを、「何の見返りも決して返りようのない状況」の上で寄付する。
なかなかできることではない、そのことを自分が知っている。なので、自分自身に胸が張れる。これ以上ないくらいに。
だから、自分自身が心底から「善の行動」をとっている、と自分のビジネスに自信が持てる。私がお金を儲けると、本当に助かる人がいる。よって自分のビジネスの存在は正義である、という自信です。結果、すごい効果が出る、のはある意味、当たり前のこと。
「自分たちは間違いなく正義である」
このことがどれだけ自分たちの戦意をあげ、自分の糧になるか。
錦の御旗がそこにあるようなものです。
ケンカの例で恐縮なのですが、例えばもし、それが正義のケンカであれば、人は通常以上の力が出るものです。自分の大切な人間が誰かに襲われそうになったとしたら、人は我が身をかえりみず、自分より強いものにでも向かっていくでしょう。
逆、つまり自分が悪い、とわかっているケンカであれば、普通の人間は力が出ないものです。
正義は力です。
よどみない力の源です。
そして、そのように「正義」を自分で信じているものは、思いもかけない力を出すものです。
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この「寄付がもたらす絶対正義」という解釈は、あくまで私個人の解釈です。ミスターXがそういった訳ではありませんし、正しいかどうかは知りません。もっと深い意味があるのかもしれません。
・・・
ミスターXは、「とにかく、見返りがない分、恐ろしいほどのお返しが返って来るのです」と言いました。
“感謝される、お礼を言われる、ほめられる”
↓
“すでにそれで寄付の対価をもらった”
ということなのです。
ここで、お返し、見返りは終わっています。
逆に、誰からも対価をもらわなかったとしましょう。(これは自分が一番知っている)
そうすると、
この世界はまるで何かのバランスをとるかのように、
神様が代わりにお返ししてくれたかのような、、、
恐ろしいほどのお返しが待っているのです。
本当ですよ。
・・・
ひょっとしたら、あのアリゾナの砂漠の中で運転中に教えてもらったことこそが、、、
中卒の元キックボクサーのろくでなしだった私が、50億円企業グループを持ち、最高の仲間と不労所得年間3億円を手に入れることになった、一番のノウハウだったのかもしれません。
そりゃ私は、うまくいくさ。
当たり前。
なぜなら、私には常に、、、
錦の御旗と・・・
「神様からのお返し」がついているのですから。
でわー
追伸
昔、自著にも書いたのだけど、ミスターXは、普段、本当に靴を履きませんでした。極寒のストックホルムへ一緒に行ったとき、やっと靴を買うのを見ました。普段はサンダル。「靴を買おう」そう思ったときは、若い頃ボランティアに行っていた国の孤児院に、匿名でお金を送る。そう決めているそうです。
追伸2
こんな記事書いてますけど、私は別にボランティア推奨派でも何でもないです。自分のためにやってるだけ。当然、自分のためにもちゃんと(?)お金使いますよ。元々、若い頃から遊び人のろくでなしなんだからね!
追伸3
余談ですが、実は私は、過去ただの一度も、事業を拡大しようなんて思ったことはないのです。世の社長たちは「俺は〇〇〇億やる!」とか言ったりしますが、私はそんなことに興味はありません。内容こそ、と思うタイプです。しかし、実際に私の事業は勝手に売り上げが増えていき、勝手に収入が上がっていきます。これがお返しなのかどうか?解釈は自由。
追伸4
写真は、昔、軍の連中と、ある村にボランティアに行ったときのものだよ。村の娘たちが、歓待して私たちのために踊りを踊ってくれたの。本当にお祭りになっちゃった。こういうのも楽しいよ〜
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